遠近法の多様性について

前回のブログで遠近法とは、「平面の世界に視覚のイリュージョン(錯覚)をつくりだすこと」とお話をさせていただきました。

今回は、科学的な遠近法が西洋で誕生し、その否定までを追った西洋絵画史だけに焦点を当てるのではなく、中国や日本の「東洋の遠近法」についても見ていき、その視野を広げ、「遠近法の多様性」について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

それは別な言い方をすると、ルネサンス時代に確立された遠近法の要素、「固定した地点で、一つの視点から見ること」や「奥行きがとても遠くまで表現されていること」「明暗・光と影で立体感を表現」とは異なり、その反対に「流動する複数の視点から眺めること」や「奥行きが平面的な表現」も視覚のイリュージョンを創造する上で、立派な遠近法の一つであることを。

尚、今回は諏訪春雄氏の著書「日本人と遠近法」(ちくま新書)を参照(ほぼほぼ要約?)させていただいています。久しぶりに興奮しながら読み込んでいきました。もしよろしかったら是非一読をお勧めします!


 


中国の遠近法:

先ず初めに、中国の遠近法についてみていきます。
 
西洋との違いを端的に述べると、「中国の遠近法は心象的で、見ている者の心情を画面の中に反映させたが、合理的かつ科学的な遠近法が生まれなかった」と言えると思います。


中国の絵画理論でいう「写意」と「物意」の応用である。写意は物の精神性を表現することで、対象の形を表現する形似と区別される。中国文人画の世界では写意がことにおもんじられ、その影響は日本の伝統絵画にもおよんでいた。
(P.98より抜粋)
 
 
以下、年代順に展開した遠近法を箇条書きに書き出してみました。
 
 
 
【古代】   遠景を上に、近景を下に描く原始的な上下法一般的だった。
 
【漢の時代】 一種の俯瞰図法が「画像石」にとられている。
                ※画像石・・・後漢の時代、石造の墳墓などにレリーフや線刻であらわしたもの
 
【六朝時代】 自然を対象とした初歩的な透視画法の成立
       主題に対する背景には逆遠近法
       反写実的な慣習的手法がとられる
 
【唐の時代】 遠小近大を基本理念とする透視画法が発達
       山、樹木、馬、人の自然な大きさを正しく写す
       丈山・尺樹・寸馬・分人」の原則認識される。
       しかし、遠景の処理に問題が残る。
 
【宋の時代】 北宋の郭煕(かくき)は遠景の処理「三遠」
       =「仰視の高遠・水平視の深遠・俯瞰の平遠」で協調。
       山水画家=山水の気象を「空気遠近法」にも似た効果の煙雲を描く
       「六遠」(三遠+かつ遠・迷遠・幽遠)

「早春図」
郭煕(かくき)・北宋
 



 

日本の遠近法:


それでは日本ではどうだったのでしょうか?答えから先に述べると、例外を除き「日本は独自の遠近法を持たず、中国や西洋の影響を強く受けた」と言われています。コチラも年代順に、3つのポイント:「① 中国からの影響」「② 西洋からの影響」「③ 例外」に沿ってまとめてみました。(以下)

中国からの影響:

1.仏教絵画:三部構図法(中大・前中・後小)
   例:「阿弥陀二十五菩薩来迎図」

 
「阿弥陀二十五菩薩来来図」


2.絵巻物、都市図屏風:俯瞰法
   平安時代~中世=絵巻類
    例:「源氏物語絵巻(12世紀後半)」
   中世~近世=都市図屏風
    例:「洛中洛外図屏風(1536)」

洛中洛外図屏風(上杉本 右隻)



3.山水画:上下法、空気遠近法、三遠、「丈山・尺樹・寸馬・分人」の法

  平安時代:近大遠小(中国の上下法)+明暗濃淡(空気遠近法)
  鎌倉時代の後期に、宋代の山水画が禅宗とともに入ってくる。日本の「やまと絵」に対し「漢画」と呼ばれた
  室町時代の中期以降に、日本の山水画が成立(周文、雪舟)
  雪舟:上下法、空気遠近法、「丈山・尺樹・寸馬・分人」、高遠法


 
西洋からの影響(18世紀以降):
 
 線遠近法、陰影法洋風画や浮世絵
 
18世紀:長崎から入ってきたオランダの「蘭画(銅版画や本の挿絵)」と中国の「年画」を通して西洋の絵画に触れ、遠近法に着目した。
   ※「年画」・・・中国の民間絵画。春節の時期に家の門口や室内に飾られる版画。
           浮世絵の由来とされる。年画→紅摺絵→錦絵→浮世絵(浮絵)
 
遠近空間の強調が試みられる by 円山応挙の「眼鏡絵」、浮世絵師(奥村政信など)による「浮絵」
   ※浮絵・・・西洋の遠近法を用いて、近景がまるで浮き出て奥行きを感じさせることからそう呼ばれている。厳密には「幾何学的遠近法(奥行きのイリュージョンを喚起する機能)」と「平行遠近法(意味伝達のメッセージ機能)」の併存がみられる。


奥村政信
「両国橋夕涼見浮絵根元」

 


遠近空間の協調表現が風景版画に定着 by 葛飾北斎、歌川広重

葛飾北斎
『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」
 

 
・ 写実画の成立:
  司馬江漢・亜欧堂田善らが「遠近法」や「陰影法」の西洋技法を学び、日本風景画に応用
   3つの特徴=「東洋の前景拡大構図の多用」「平行遠近法の否定」「陰影法の採用」

亜欧堂田善
「浅間山図屏風」

 

「日本の近世中期の特徴」
平行遠近法とは伝統的な俯瞰法であり、遠景にあって主題の場を地誌的に説明し理解させるものであり、説明的意図、意味的に重要なモチーフを物語る観念的なまなざしということになる。浮世絵はヨーロッパの幾何学的遠近法とならんでこの平行遠近法を共存させ、意図的、選択的につかいわけていた。・・・
おなじヨーロッパ絵画の遠近法に接触しながら、浮世絵は遠近法を最後までは貫徹させず、伝統的な俯瞰図法を援用したのにたいし、おなじように伝統と調和させたとはいっても、洋風画は遠近法の適用にたいしては厳格であった。
(P.60より抜粋)

 
 
例外:
 原始絵画、中近世のお伽草子、近世中期までの浮世絵などに明確な遠近法が見られず、独自の表現が見られる。




ここまで来て、また新たな問いが生まれてきました。

それは、「私たち日本人はなぜ独自の遠近法を持たなかったのでしょうか?」

また「18世紀に西洋の遠近法が伝えられたとはいえ、日本の絵画史を通し一貫してその基盤に「俯瞰法」が伝え続けられたのはなぜでしょうか?」

個人的にはこの浮世絵や現代のアニメーションの中にも伝承されている俯瞰法にとても興味があります。

今回参照させていただいた「日本人と遠近法」では、そこからさらに文化や宗教に沿って私たち日本人の深層を探る旅が続いていきます。(本当に面白いです!)



仮に遠近法を「視覚のイリュージョンを表現すること」から広くは「私(主体)と周りの世界との関係を象徴する視覚形式(P.15より抜粋)」とすれば、現代の遠近法は、絵画や壁画にとどまらず、アニメーション、映画、テレビ、インターネット、VR(バーチャル・リアリティー)、チームラボに見られるような空間を丸ごと使ったビジュアルコミュニケーションなどなど、その表現(関係性)は多岐を極めています。

そのような多様な関係性が共存する世界に於いて、私たち一人ひとりの遠近法(自分と世界との関係性)とは何なのか?

もし、その関係性(=遠近法)を探る機会をアートコンパスで参加者の皆さんに提供できる学びの場を創出することが可能であれば、それはどのような学びの形なのでしょうか?

問いは深まる一方です(笑)



今回はとりあえずここまでとさせていただきたいと思います。

勿論、遠近法については、来年度以降も引き続き皆さんと一緒に探究していきたいと思います。

それではまた!




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