感性の意味・その1

これまでの感性の意味


「感性」という言葉を聞いたとき、皆さんはその意味をどのように捉えていますか?

例えば、子育てに専念しているお母さんやお父さんたちは、子どもたちに「感性の豊かな子どもに育ってほしい。」などの意見もよく聞きますよね。

私はこれまで感性の意味を

人間の感覚器官(五感:視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚)を鋭敏に研ぎ澄ませて、周りの世界を感じとる力であったり、「あの人は感性が豊かだなぁ~」というときは、この感じ取る力だけでなく、その育まれた力を起点に、その人が一般常識にとらわれず、創造性豊かに何かを表現している力。

とでも言いましょうか。。。


但し、「感性」は「理性」とは異なり、言葉や数値で客観的に表したり計測することが出来ないとてもあいまいな存在にも感じますし、世の中的に「感性<理性」のような理性優位の雰囲気があるようにも感じます。

私はこれまで漠然と、上記の意味で「感性」を捉え、美術はもとより、私たちの日常の生活を豊かにしていくためには、端的に言えば「感性」と「理性」がお互いに足りないものを補い合い、双方の調和ないし融和が鍵になるのかな?と考えていました。

しかし、現在の世の中の動向は「感性」と「理性」が天秤にかけられたとしたら、今なお「理性」の方に傾き続けているように思います。それはまるで、どんなに穴を深く掘り続けても、私たちの生活はもとより地域や環境を潤してくれる水は出てこない気がするのです。ただ無残にも傷跡が残るばかりで、目の前に広がる風景が荒らされていく一方のように感じます。。。



昨年の中間報告を作成していたとき、アートの醍醐味は「感性の喜び」だと記述させていただきました。そのときの理由は、私が「感性」よりも「理性」を頭の中で意識しすぎていたために息苦しさを感じていたことと、参加者の皆さんが求めているものと、そもそも美術の本質はまさしく「感性」にあるのではないかと思ったためです。


では、その感性と私たちの生活を潤してくれる水との間に何か関係性があるのでしょうか?



感性の本当の意味


今回の振り返りの期間にいくつか本を購入し、いろいろと調べていました。その中には「感性」についても改めて調べてみたいと思い、何か良い本はないかなぁ~と探していると、ある本に出会いました。


今はまだ読み進めている途中なのですが、著者は「感性」について以下のように言及しています。



ふつう感性とは、「外界から印象を受け入れる能力。感覚に伴う感情や欲望、衝動などを含む」・・・しかし、「豊かな感性」や「するどい感性」という表現には、創造性という意味も含まれている。たんなる受動的な能力ではなく、むしろ何らかの能動性をもっているようにも考えられる。・・・感性とは、「環境の変動を感知し、それに対応し、また自己のありか方を創造してゆく、価値にかかわる能力」である。(P.3)



タイトルの通り、とても哲学的なお話なのですが、この本から私の体中の毛細血管が沸き立っている感じです。(笑)

次回の「感性の意味・その2」で、この本で書かれている重要なポイントを踏まえながら、今後アートコンパスで考える「感性の意味」を改めて定義し、「その再定義した感性と美術教育との関わり」、つまり「“みんな”が美術教育を学ぶ意義」についてお話しできればと思います。

それではまた!


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