筑波山麓巡り

先月の中旬、石岡市八郷の上青柳で行われていた武蔵野美術大学の建築学科の生徒たちが中心になって行っていた「アートサイト八郷」に行ったときのことです。(FBのリンクを貼らせていただきます)

一通り学生たちの屋外作品やおしゃべりに興じた後、カフェでおぞうにを食べているとき、同席していた物知りおじいさん(おそらく建築科の教授と思われる方)からつくば市が発行している散策マップをいただきました。(以下)

そのとき、近々筑波山の梅も見ごろになることだし、3月に入ったらこの地図を片手に山麓を歩いてみようと思い、今日行って来ました!

※つくば市のホームページでPDFデータが入手できます。(リンクを貼らせていただきます

表面

裏面


筑波山口のバス停(10:30頃)をスタートし、ゴールが筑波山神社まで(13:00頃)と、その道のり約3kmほど。私の場合は道中カメラを片手に野草や風景を撮ったり、清清しい春の山風を感じながらのんびりと歩いていたので約2時間半かかりました。

今まで筑波山に登った回数は2回ぐらいでしょうか?幼い時に家族と一緒に、そして小学3年生のときの遠足と。

正直、筑波山があまりにも身近な風景でありながら、知らないことも多く、この歳になっていろいろと地域を知っていこうと思い、今回がその第一弾です!

そして大きな収穫は、子どもの頃に植わった記憶とはまた違う、筑波山の新たな経験と記憶が出来た気がしました。

その印象を一言で言うと、筑波山は「石と植物と水の流れ」のような気がします。


話が少しそれますが、

私がイギリス留学を終え、日本に帰国してから、改めて日本の風土の美しさを感じ、そのとき「里山」をキーワードにいろいろとリサーチをしていた際、ある本の一節に目が留まりました。

「春になると、山の神様が麓の里へ降りてきて里の人々に自然の息吹を送り、秋になると里から山へ戻り秋の恵みをもたらす」と、確かこんな感じの一節です。

アートサイト八郷で知り合った物知りおじいさんに地図をいただいた際、この話を聞いてみると、筑波山にももちろん存在し、春には山の社(筑波神社)から麓の社(飯名神社)へ降りてきて、秋になると山の社へと戻っていくそうです。(現在の筑波山御座替祭がその名残です。毎年4月1日と11月1日に行われる神事)

そんなことを頭の片隅に置きながら散策めぐりをしていたのですが、それとはまた別にその山と麓の中腹にある月水石神社(がっすいせきじんじゃ)の存在がとても気になりました。

神社の前にある岩から種類の異なる植物が生えていました。

左の大きな岩が御神体です。

物語の書かれていた掲示板


この神社はイワナガヒメを祭神としている神社です。

その物語は記述すると長くなるので上写真にお任せしますが(画像をクリックすると拡大できます)

粗々にお話しすると、山の神(大山津見神)には二人の娘がいました。一人は、イワナガヒメ。そしてもう一人は、コノハナノサクヤビメ。天照大野神の孫にあたる「天孫二二ギノ命」は妹のコノハナノサクヤビメへ求婚を申し込みますが、山の神は姉のイワナガヒメを添えて二人の娘を妻として差し出すが、醜い姉だけ送り返されてしまう・・・・やっぱり長くなるので上写真にお任せします(笑)


この物語を読んだとき、とても素敵な物語に感じました。

なんだか私たちのアイデンティティや地域の源流が此処にあるような、そんな気持ちになりました。

この物語を意識している・していないは別として、その道中いたるところに、大きな岩がごろごろとあり、特に大きな岩々が植物と美しく絡み合っていたり、岩から新たな植物の芽が出ていたりと、なんとも言えない感慨にふけっていました。なんだか姉妹が仲良く寄り添っている姿にも見えてきます。





何だろう、この悶々とした気持ちは?

「普遍」のイワナガヒメと、「無常」のコノハナノサクヤビメと、そしていたるところから聞こえる水のせせらぎの音や湧き水のやさしく可憐な波紋のかたち・・・。

全く別のことかも知れないけれど、私の大好きな絵の一つである尾形光琳の「紅白梅図屏風」を思い起こします。




とてもパーソナルな話になりますが、この5年くらいずっと頭の中に私が描きたい「ある絵のイメージ」がずっとあるのですが、この物語ともなんだか重なります。

とりあえず描きたい絵のテーマとして自分のファイルに保存しておきます。

これから桜の見ごろにもなりますし、是非一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

是非、お勧めです!


追伸:
今日の散策で撮影した写真をArt CompassのFacebookに投稿しておきます。もしご興味のある方は是非、こちらもチェックしてみてください!


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